土塀

子供の頃住んでいた浜松の家は周りをぐるりと土塀に囲まれていた。
父の勤め先の官舎だったので、その土塀が古くて危険だという理由で取り壊されることになっても、両親は残念がることしかできなかった。今考えると、あんなに立派な土塀のある家なんて、本当に貴重な文化財であった。
今日松永記念館の土塀を見てそんなことを思い出した。
この土塀は老欅荘の座敷から見たときに圧迫感がないようにわざと屋根をカーブさせてへこませているのだそうで、なるほどほんのすこしの凹みが向こうの景色への抜けた感じを生んでいる。山々の尾根や地面の起伏に溶け込んで、こんな風に有機的な造作も土塀ならしっくりくるんだなと思う。
地面から生えてきたように、多分呼吸もしているんではなかろうかと思われるほど、苔むした足元は周りの自然と同じように生き続けているかのようで。ちょっと歪んだ力の抜けたような趣は、経験豊かな老職人の技なのかなと思ったり。
瓦を重ね、土を叩き込んだ手作業の味わいに、人間ていいもの作るよなあ、なんて思うのだ。
取り壊された故郷の土塀は、本当に壊す必要があったのか。今になりちょっと悔しい思いである。